
次の日、アチェへ向かいました。空港でスタッフの方々に迎えていただき、津波の被害で亡くなった方々が眠られている集団墓地に向かいました。
そこで木を1本植樹し、イスラム教のお祈りをしました。
その後ホテルに向かい軽い食事をした後、支援をさせていただいている子供たちが勉強している晃月スクールを見に中学校まで行きました。
そこでは子供たちが一生懸命日本語と英語を勉強しているのを見て、「絶対にこの子達を最後まで支援してあげないと。」と感じさせられました。
まだ始まって1ヶ月しか経っていないのに1人1人自己紹介をしてもらい一緒に歌も歌うことが出来、子供たちの上達の早さにビックリしました。
その後一緒に写真を撮ったりして夕方まで一緒に過ごしました。
次の日は時間があったので、1日、津波被害にあった所やアチェの博物館などに案内していただきました。
案内して頂いてる時、狭い道を走っていて先が行き止まりと思いきやそこには50メートル位の船が5km先の港から町の真ん中まで流れてきて、建っていた家を押しつぶし止っていました。
それを見た時、映画の中で見るような光景で信じられないと思う反面、自然の恐ろしさをまざまざと見せ付けられました。
その後も色々とご案内していただき本当に津波被害の大きさを、身を持って感じることが出来ました。
次の日、晃月スクールのソフトオープニングセレモニーに参加させていただきました。
セレモニーでは子供たちが華やかな衣装で現地の踊りなどを披露してくれ、大歓迎してくれました。
色々な話を校長先生から聞くことが出来、その中で500人いた生徒が津波により400人亡くなり校長先生のご家族も全て亡くなったと聞かされ、その中で生き残ることのできた100人の子供たちが一生懸命頑張り歓迎してくれているのだなと思うと、込み上げる物がありました。
その日の夕方、夕日を見に行こうと海まで行ったのですが、工事、工事の連続で何回もUターンをしながらなんとか海に着くことが出来ました。
その海はリゾート地かと思わせるようなもの凄く綺麗な海で色々写真を撮っている時に、アデさんが、「この海から津波が来てアチェの町をボロボロにしました」と聞かされました。
その後、子供たちが寝泊りをしている施設に行き晩御飯を一緒に食べ一緒に時間を過ごさせていただきました。
子供達を見ていると素晴らしい笑顔をしていて、僕たちと接している時は本当にこの子達が被害にあったのだろうかと思わされましたが、やはり1人になっている子を見た時は寂しいそうな目をしていました。
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始めに、ジャカルタ空港に着いた時、加古川さんとアデさんとオジさんが笑顔で迎えてくださいました。
その時の感想は、"非常に3人が似ている。加古川さんが本当にインドネシアの現地の人みたい。"という感じを受けました。
挨拶をし、ホテルまでレンタカーで向かうのですが、そのレンタカーがなかなか来ません。
レンタカーが来るまで待っていたのですが、その時感じたのは「何か異様な臭いと空気の重さ」でした。
ようやくレンタカーに乗り込んだのですが、もの凄く運転が荒い事にビックリしました。
どの運転手の方も譲るという気持ちが無く"自分が先に"という感じで、日本では考えられないことなので、事故になるんじゃないかとヒヤヒヤしながらホテルに到着しました。
その日の晩御飯は加古川さんのおすすめで、サテ(日本の焼き鳥のようなもの)のお店へ案内していただきました。
その時は「食べれるかな。」と心配しましたが、実際に口にしてみると、「美味しい!」とみんなが口を合わせ言いました。
インドネシアに来るまでは食事はちゃんと食べれるかなと心配していましたが、これなら食べていけるだろうと安心しました。
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