|
第48回修養会明けの翌日の朝、関西空港から大韓航空でソウルを経由し、ジャカルタに到着。
日本との時差は2時間。空港では、オジとアデが出迎えてくれた。
久々の再会に話が弾む。
その晩は、オジの自宅に泊めていただき、翌日、ガルーダ航空の国内便に乗って一路アチェへ、約2時間のフライト。
アチェの空港では、LCOのスタッフが、前回我々が援助した資金で購入したというバンで出迎えてくれた。
挨拶もそこそこに、ボコボコで傷だらけ、泥まみれのPAC号(?)に荷物を積み込み真っ先に向かったのは、津波被害で亡くなった人々が眠る集団墓地。
まだしっかり整備もされていないこの墓地には、約4万7千人が埋葬されているということであった。
我々は、LCOスタッフのパワックと共に、イスラム式の祈りを捧げ、その後、簡略之礼第三を切って追悼の意を表した。
その後、我々がアチェに滞在する間、宿泊することになるスルタンホテルへと直行。
小泉元総理やクリントン元大統領も泊まったという、アチェでは一級のホテルということらしい。
建物の外壁の塗装もハゲハゲで、ひどくくすんでいる。
「大丈夫なのか?」と思いながら中へ入る。ロビーの内装はまずまず、インドネシアの辺境の地にしては上出来といったところだろうか。
↓ 追悼の祈りを捧げる。
↓ スルタンホテル。
↓ ホテルの部屋にて打ち合わせ。
|
|
↓ 相変わらずのひょうきんなオジ。
↓ 我らがPAC号に荷物を詰め込む。
続いて室内に入る。
先ず、目に付くのは、天井に張られたメッカの方角を指し示す矢印。
(そう、ここは敬虔なイスラム教徒の特別州なのだ。)
ベッドや照明も、まあ問題ない。
バスルームをチェックする。
ここは、しっかりと見ておかなくてはならない。
今後、桃の会をはじめとする、日本の女性方が訪問する際に、とても重要なポイントだからである。
早速、バスルームの扉を開く。
想像していたよりとても綺麗で、なかなかの造りであった。
が、実際使用してみて感じた点を2つ。
お湯が出るのは非常に有難いのだが、換気扇がないのですぐにバスルームに湯気が充満しベタベタになり、不快である。
それと、トイレの消臭スプレーを持参すること。
インドネシアでは、汲み置きの水で体を洗い、炊事をし、洗濯をし、その横で用を足し、そして流す。
汲み置きの水が、古くなって濁っているのも全然普通のことである。
年中暑い国ではあるが、一般家庭ではお湯などある訳がない。
習慣とは恐ろしいものである。
この国では、それで全く問題ないのだから・・・。
津波をきっかけに、外資系の企業が参入し始めているアチェ、さて今後はどんな街に変貌していくのだろうか。
願わくば、自然と共にあるその逞しさは失わないで欲しい、と思う。
↓ メッカを示す天井の矢印と、バスルーム。
|
|